Thursday, November 30, 2017

8年ぶりの再会 - Family Reunion

(To my brother and sisters:)

It's been already 8 years since I was in Tokyo.
That means I have not seen my brother and sisters for that long. I planned on going to Japan in 2011, but unfortunately Japan experienced one of the worst natural disasters that year. The great earthquake in Northeastern part of Japan caused the great Tsunami which destroyed the large area of Fukushima Prefecture and surrounding area. The earthquake and the tsunami also caused unexpected accidents at the nuclear power plant in Fukushima. This accident was a great concern for people not only in Japan but also around the world.

I was planning to take one of my nieces with me on this trip to Japan. But because of radiation leakage from the power plant affected large areas of Japan, I determined that it was not a good time to take a young person to Japan that year. I ended up cancelling my travel plan to Japan. Since then, I did not have reasons for going to Japan until this year.

Below is the Japanese version of rather lengthy description of how my meeting with my family went. Since it will not be any interest to others, there will be no English version. I just say that the meeting was wonderful while having wonderful "Kaiseki Ryori" at the Japanese restaurant called "Yugyo-an Tankuma" near Shinjuku. Kaiseki Ryori is a traditional formal Japanese dinner course.

(これは今回の東京旅行中に会うことができた家族宛てのものなので、ご了承を。)



今回の東京旅行で楽しみにしていたことがあった。最後に日本に行ったのは2011の東北大震災の前だったから、もう8年あまり前になる。それ故、それ以来会っていない兄弟姉妹に会えるのを楽しみにしていた。無論、日本に帰る時はいつも兄弟姉妹に会うが、今回の再会は特別なものになりそうだった。前回までは、私自身のスケジュールと彼等の都合によって会えるときに会っていたので、皆一緒に会うということはなかった。

今回も始めはそのつもりでいた。だが、兄貴は今回の来日のために、姉と妹に連絡し話し合い、皆一緒に会える日を決めておいてくれた。両親が亡くなって以来、住むところがばらばらになって(一都二県)、各々の家族生活や、仕事、健康状態もいろいろで、長いこと皆で一緒に何かをするという機会がなくなっていた。

病を患うということはあったが、現状態では、どちらかというと今はみんな健康には恵まれている方で、元気なうちに皆一緒に会おうという兄貴の意欲に皆も同感だった。それに、兄、姉、妹のみならず、彼等の夫妻も合流する予定をしてくれていた。このような機会が来るなどと云うことはもう考えていなかったので、これは特別のことだった。



(National Olympics Memorial Youth Center)
国立オリンピック記念青少年総合センター)

東京に着いた2日後、アメリカから来た学生を無事に代々木にあるオリンピックユースセンターに送った後、土、日には静岡の方へ行く予定だったが、東京の7月始めの気温と湿度に慣れようと東京に居ることにした。その後、その日が来た。会う所は東京ドームホテルにある日本料理店だった。そこは熊魚菴と云って京料理の会席料理で知られている店だった。日本を長いこと離れている私は知らなかった。ただ、皆に会えることを楽しみにしていたので、料理屋のことは頭になかった。


芝公園にあるホテルからドームホテルまで、地下鉄一本で行くことができた。それで、割と時間がかからなく、早めに着いた。その時は誰もいなかった。ロビーやらそのあたりを歩き回って見た。4+スターのホテルの雰囲気が充分漂っていた。


数分後待合場所に戻ってみたら、姉夫婦が来ていた。目が合ったので、手を振ろうとしたところ、姉はすぐに目をそらした。「ありゃ?」と思った。でも、無理はない。今の私の髪の毛は長いし、バンダナもかぶっていたし、気づかなくても無理はない。思わず笑った。近寄って、話かけたら、すぐ気づいてくれた。今は日本には多くの外国人も住んでいるし、外国人旅行者も多いので、どこへ行ってもちょっと違った身なりをした人がどこにでもいるので、姉は「外国人と思った」と言った。本当に外国人を思ったのかどうかは分からない。妹夫妻ももう来ていた。前ブログなあるように、彼等とは東京到着後日東京スカイツリーに一緒してくれていたので、既に会っていた。姉のご主人のことは健康のことで少し心配していたが、割と元気そうだし、ごく普通に話すこともできたので、安心した。兄夫婦もその後来た。皆んなそんなに変わっていないと思った。兄貴の最近の写真は見ているので、髪型も色も顎ヒゲのこともびっくりすることはなかった。

兄夫婦、姉夫婦、妹夫婦、それに俺、合わせて7人での集まりだった。これは、本当に奇跡の出来事だと言っても過言ではないと思う。これ以前、この様に皆んなと一緒に食事をしたのは何時だっただろうか。両親がいた頃だから、何年になるだろう。その頃の旅行記録を調べなくては分からない。


会席料理は特別だった。美味しいものを次々とだしてくれる。無論、日本料理はプレゼンテーションも特別なことは、今では世界に知られている。「このような料理が食べられるのは、皆んな、幸せだね。羨ましい。」と言ったが、彼らからの反応はあまり無かったような気がする。
今思うには、日本の人達は謙遜心が高いから、多分「いえいえ…」と云うような反応だったんだろう。自分も日本語を教えている時、日本文化の一つとして謙遜心のことも教えているのに、その時は忘れていたようだ。



食事に会話もはずんで、時間が経っているのにも気がつかなかった。恐らく、2時間以上も経っていたのだろう。兄貴はカメラを持って来ていて、皆んなの写真を撮ってくれていたけど、まだ見ていない。良く撮れていたら2、3枚ここに載せるのがほしい。とても楽しい時間だった。皆んな、特別な日にしてくれて本当に有り難う。

(写真はGoogle Imageで、この料理屋のもの)

最後に、皆んなから色々おみやげももらってしまった。別れる時、「来年も来るから、また頼むよ」と言ったけど、勿論、本気にはとられなかっただろう(笑)。

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